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ブログって日記書けばいいの?批評?ポエム?

おばあちゃんが死んだ

お久しぶりです

 

長門です。

年末のCDJについての記事ぶりのブログ更新です。

 

気づいたら2019年も折り返していた。この半年間、色々なことがあって、それについてはまた改めて書きたいんですけど、今日はタイトルの通り、おばあちゃんの命日になったので、そのことについて書きます。

 

7/19(金) 21:37

家族から連絡がきた。おばあちゃんが今夜死ぬかもしれない、と。

去年の年末に一度おばあちゃんは入院し、万が一を覚悟した方がいいと言われていた。病気ではなくいわゆる老衰だった。呼吸機能が低下していた。結局、その後は回復して退院したけれど、近い将来のおばあちゃんとの死別を覚悟していた。

連絡を貰った時、いよいよその近い将来が来たなと感じた。僕はまだ会社にいたけれど、その時間から地元の長野に帰る方法がなかった。仕方なく一旦家に帰り、朝一の状態を連絡してくれと家族に頼んだ。翌朝にはすっかり回復して、やっぱり大丈夫だから夏休みに帰っておいでと言われることを心の底から願って眠りについた。

 

7/20(土) 5:42

母親からLINEのメッセージが届いた。あと数時間だと看護師に言われた、と。僕は急いで荷物をまとめ新幹線で長野に向かった。道中の新幹線では色々なことを考えた。おばあちゃんとの思い出を振り返りながら、「半年前から覚悟をしてきただろう、取り乱すな」と自分に言い聞かせた。

 

7/20(土) 9:00

病院に到着する。おばあちゃんはまだ息をしていたが意識はなかった。病室には母と父がいた。おばあちゃんの顔を見ると、息を吸い込む度に口をパクパクと開いていた。肺が弱って十分に酸素を吸い込まないため、顎の筋肉を目一杯使って呼吸をしているらしい。老衰患者の終末期の特徴的な症状とのことだった。一見すると、苦しそうに呼吸をしているけれど、本人は非常に安らかな状態らしい。僕はタバコを吸いに行くと言って病院の向かいにあるコンビニに向かった。病室を出た瞬間、理由のわからない涙が溢れてきた。半年前から覚悟をしていたはずなのに。まだ死んだわけでもないのに。

病室に戻ると両親から、万が一の場合に備えて葬儀の準備をしにおばあちゃんの家に行くから病室にいてくれないかと言われた。病室におばあちゃんと2人きりになる。手を取ったり、頭を撫でたり、声をかけたりした。おばあちゃんに最後に触れたのはいつだろうと考えたけど思い出せなかった。握り返してくれる内にもっと手を握っておくべきだった。抱き返してくれる内に全力で抱きしめておくべきだった。酸素マスクをしない内にキスをしておきたかった。そんなことを考えていたら涙はやっぱり溢れてきた。おばあちゃんのことはずっと大好きだったけど、こんな恋人みたいな愛情表現をしておけば良かったと思うほど愛していたんだと気付かされた。後悔よりも、自分のおばあちゃんへの想いが自分の思っていた以上に強いものだったと気付けて嬉しくて、泣きながら笑っておばあちゃんに呼びかけた。

 

7/20(土) 18:00

父親に付き添いを交代してもらい、一旦実家に帰る。お風呂や着替え、夕食などを済ませておく。21時頃からは弟が付き添い、0時からまた僕が付きそう。

 

7/21(日) 23:30

病院に着く。病室のソファーを並べて弟は横になっていた。弟が帰り、僕もソファに横になる。おばあちゃんの呼吸は続いていたけど、昼間より弱くなっているのがわかった。同じ部屋で夜を越すのは何年ぶりだったのかな。小学生の時、親と喧嘩をして泣きながらおばあちゃんの家に飛び込んで隣で寝た時以来かな。あれ小学2年生くらいかな。

 

7/21(日) 3:30

ソファから起きておばあちゃんの横の椅子に座る。手を握っておばあちゃんを見ていた。

 

7/21(日) 4:00

途切れず続いていたおばあちゃんの呼吸のペースが段々と途切れ途切れになる。異変に気付いて立ち上がる。とうとう呼吸が止まった時、看護師が駆けつける。僕は離れてそれを見守る。ご家族を呼んでくださいと告げられた。すぐに母に連絡をして、家族を呼んでもらった。息が止まってからもおばあちゃんの手を握り続けた。なにを考えていたのかは覚えていない。ただ、苦痛に顔を歪めることもなく、暴れることもなく、静かで安らかな最期だと思った。

しばらくしてまず父親が駆けつけた。タバコを吸っておいでと言われて病院の外に出た。

 

7/21(日) 5:12

タバコから戻ると祖父、叔父、両親がいた。そして5時12分、医者におばあちゃんの死亡確認をしてもらった。しばらくして弟が病院に到着する。弟は何も言葉にならないというような顔をしておばあちゃんの横にいた。「手を握ってあげな」と僕は言った。「温度のあるおばあちゃんはこのタイミングが最後だから」と。弟は頷いておばあちゃんの手を握っていた。その後、祖父や叔父とおばあちゃんの思い出話を少ししたが、葬儀の打ち合わせや親戚への連絡など悲しみに暮れる暇もないほどに忙しくなった。

 

7/21(土) 6:30

祖父の家に行き通夜などで人をもてなせるよう準備を始める。こんなにも淡々とした作業が続くのかと少し怖くなった。

 

7/21(土) 7:00

霊柩車でおばあちゃんが運ばれてきた。家の中におばあちゃんを入れるのを手伝った時、元から細いおばあちゃんだったがこんなにも軽いのかと思った。母に聞くと体重は30kgあるかどうかくらいまで痩せていたそうだ。引き続き、部屋の掃除やらを続けていると部屋の隅に家庭用の酸素ボンベがあることに気づいた。その酸素ボンベを手に取って、これを装着して呼吸を続けてきたおばあちゃんの姿を想像した。僕が東京で何気なく過ごしている間も、おばあちゃんは懸命に呼吸を続けていたんだなと思った。

 

7/21(土) 10:00

両親はまだ準備や葬儀の打ち合わせなどをしていたが、夜通し付き添っていたこともあり先に家に帰ることになった。家についてタバコを吸って、すぐに僕は眠りについた。参議院選挙とかワイドナショーの生放送とか賑やかな日だったけど、僕には関係なかった。19:00頃に起きてすぐにこの記事を書いている。

 

僕は自他共に認めるおばあちゃん子だった。そして、おばあちゃんも全力の愛情を持って僕に接してくれたと思う。

僕の実家はおばあちゃんの家の隣にあった。だから僕の日常におばあちゃんはずっといてくれた。

小学生の頃、僕が家に帰ると両親はまだ働いていた。そんな時は必ずおばあちゃんの家に行く。おばあちゃんが作ってくれたおやつを食べるのが日課だった。おばあちゃんの畑で取れたじゃがいものフライドポテト。おばあちゃんの家で飼っていた鶏の卵で作ったニラ玉。その鶏に一緒に餌をあげに行ったりもした。僕が両親と喧嘩をして部屋に引きこもっていると、おばあちゃんが来て僕のことを優しくなぐさめてくれた。そしてお母さんとお父さんの言うこともちゃんと聞かないとだめだよと最後に少しだけ説教をしてくれた。

中学生の時、2年生の部活の新人戦前、おばあちゃんが激励の意味を込めて僕の好きな料理を作ってくれると言った。僕は海老天丼と茶碗蒸しと言った。渋い。その後、部活の大会や受験、何か大事な節目の前に必ず海老天丼と茶碗蒸しを食べることになる。ちなみに僕は中学生の時、部活でレギュラーじゃなかった。そんな下手じゃなかったと思うけど、そこそこ強いチームだったからって言い訳をしたい。でもいわゆるシックスマン的なポジションなのに毎回好物で激励されるのはなんとなく申し訳なさもあった。

高校生になると、朝起きるのが苦手な僕は毎日のように寝坊をしていた。それでも毎日おばあちゃんが車で学校まで送ってくれていた。3年間で200日くらい遅刻したけれど、欠席は2回だけ。間違いなくおばあちゃんがいなきゃ出席足りてなかった。毎日、学校に着いたタイミングでジュース代って500円くれたんだ。ありがとね。

上京してからは、年に4〜5回くらいの帰省のタイミングで1〜2時間くらい会いに行くだけだった。今は実家が引っ越しておばあちゃんの家は歩いて行けなくなって。でも帰省したら必ず会いに行った。僕の健康のこととか仕事のこととか結婚のこととかそう言う話をたくさん尋ねられた。結婚相手はそのうち挨拶に連れてくるよって約束、守れなくてごめんね。毎回、帰り際に寂しそうな顔で次はいつ来るんだって聞かれた。でも、次はGWだよとか、夏休みだよとか、そうやって答える度に嬉しそうに笑って「気をつけるんだよ」って見送ってくれた。今回は初めてその言葉のない帰京になる。

 

85歳、立派だと思う。乳癌にもなった。乳房摘出をした時、男になっちゃったなんて笑っていた。足腰も悪くなって、転んでしまうことも増えて急にアザだらけになった時も笑っていたけど僕は泣いて心配したよ。僕には見せない苦痛もきっとたくさんあったんだと思う。でも、そんなおばあちゃんが病気でもなく、事故でもなく老衰で逝った。多分、最期の瞬間に僕が手を握っていたことも、呼びかけた声も届いていなかったかもしれない。でも事実として、おばあちゃんのことを心の底から愛していた孫に看取られて逝った。親戚のみんなが良かったねって言ってくれる最期だった。うん、誰が聞いたって幸せで立派な最期だよ。

 

帰省した時、おばあちゃんに言われた言葉がある。

「私の人生は決して順風満帆と言えるものではなかったけど、自分の娘が家庭を持って、あなたが生まれて、そのあなたが今生きていることが、私の生きた証であり誇りなんだよ」

 

おばあちゃんは死んだけれど、僕がこれから過ごす時間は全部おばあちゃんと過ごした時間の延長線上にある。だから、これからの生活におばあちゃんがいなくても、おばあちゃんは消えないと思ってる。

 

僕はおばあちゃんの生きた証として明日からも生きていこう。

 

おしまい

【CDJ1819】BUMP OF CHICKENがやっぱり最高だった話

オヒサシブリデス。

約2年ぶりの更新です。

ここまで更新しないとさすがに自分でも存在を忘れてしまったり、思い出してもわざわざブログを更新しようなんて思うことはなかったのですが、今回、長い期間眠らせていたブログをわざわざ引っ張り出しブログを書こうと思わされたのは某バンドのせいなのです。

某バンドとか書きましたけどタイトルで思いっきり言っちゃってるんで隠す意味ないですね。そう、BUMP OF CHICKENです。

昨日、COUNTDOWN JAPAN 1819に参加し彼らの約9か月ぶりのライブを目撃してきたので、そのライブレポ的なやつです。

 

【物販】

BUMP OF CHICKENの物販といえば毎回地獄なわけですが今回もやっぱり凄かった。

CDJのアーティストグッズの物販と言えば大体、こんな感じで0.5~2張くらいのテントがアーティストに割り振られています。

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さて今回はBUMP OF CHICKENさんはというと…

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赤線を引いた部分がすべてBUMPに用意されたテント。その数なんと

 テント 16張(内2張は待機列を外に延長するためのもの)

しかもこれだけの体制をとっても人口密度がえげつない。

 

余談ですが、僕はBUMP OF CHICKENが大好きで、さらに彼らを好きな人たちのことが大好きです。街中でBUMPのグッズ身に着けてる人見ると嬉しくて声かけたくなるし、電車で隣の人のスマホにBUMPの楽曲を再生中の画面が映っているとやっぱり嬉しくて声をかけたくなります。

だがしかし、チケット争奪戦の時と物販に向かう時は別。普段、仲良くなりたいと思うBUMPファンも自分と同じ熱量で彼らを求める最強のライバルへと変貌します。

さて今回の物販、自分はいわゆる始発組だったため開場前の時間は屋内で座って待たせてもらえたし、目当てのグッズも全て購入できたのでそこまでつらくなかったです。1人で並んだのでトイレで抜けたりとかできないのがつらかった!

開場まで寒い中ずっと屋外で並んでいた人たちもいて、本当にお疲れさまでした。どうか目当てのグッズが購入できていますように。

 

【ライブ】

~セットリスト~

01.スノースマイル

02.望遠のマーチ

03.記念撮影

04.話がしたいよ

05.ギルド

06.虹を待つ人

07.天体観測

08.ray

En01.メーデー

En02.ガラスのブルース

 

 はぁ・・・(ため息)

もう何も語る必要はないというか、BUMP OF CHICKENが好きな人なら、僕と同じようにため息ついて「あぁ~最高」「はぁ~やばい」くらいの語彙力になってしまうと思うけど、一応さらっと書くね。

 

01.スノースマイル

→開幕でスノースマイルは予想できなかった。あ~これやばいライブになるなと確信。冬が寒くて本当に良かった。この曲については最後にも書く。

 

02.望遠のマーチ

→「いこうよ」を藤原と観客が一緒に歌うのがめちゃくちゃ好きな時間だった。もともと好きな曲だったけれどライブで輝きます。

 

03.記念撮影

→TOUR 2017-2018 PATHFINDERを思い出した。めっちゃいいツアーだったなぁ。戻りたいけど戻れないよなぁ。でも、あの時からここまで繋がってるんだよなぁ。今回のライブもあっという間に終わってしまったけど、想像じゃない未来でまたBUMP会いに行けますように。みたいなことを考えてました。

 

04.話がしたいよ

→今年下半期絶賛売り出し中の楽曲なので演奏されるだろうと予想はしてたけど、ライブで聴くと鳥肌もんですね。この会場に来れなかった友達のこととか、一緒に昔はBUMPのライブに行っていた友達とか恋人のことを思い出したりした。

 

05.ギルド

→この曲は個人的には伝説級の曲だと思っているんですけど、このセトリの中では楽曲の持つメッセージ以上に、あの頃のBUMPが好きだった人たちもちゃんと楽しませようとしてくれた選曲という印象でした。あの頃のBUMPも大好きな僕は大歓喜

 

06.虹を待つ人

→曲が始まった瞬間の印象としては、「流れ変わったな?」「あ~こっから来るな?」でした。精一杯叫んだ。

 

07.天体観測

08.ray

→この流れやばくないですか?虹を待つ人で感じた予感を王道で的中させられた。個人的に新旧のBUMP看板曲が並ぶこのセトリは大好物です。

 

En01.メーデー

→こちらも割と定番曲と思いきや、ROCK IN JAPAN 2015ぶりのお披露目。何回もライブで聴いてるはずなのにイントロが鳴るとわくわくが止まらない。

 

En02.ガラスのブルース

→時間が余ったとのことで、急遽演奏されることになった楽曲。ちょっとずるいなって思った。本当はダブルアンコールしたいくらいだったけど、この曲で2018年のBUMPを締めくくれるなんて最高すぎるますもん。もう何も言えないですもん。

 

【最後の藤原MC】

 記憶を頼りに書くんで細かいところ違うかもです。

 

臭いこと言っていいですか?まず、このステージで僕たちの前にライブをした全てのアーティストに大きな拍手を!そして、このフェスを開催するために動いてくれている、この後3日間もこのフェスを作ってくれるスタッフに大きな拍手を!そして、朝来た人も、昼からの人も、夜からの人も、色々いると思うけど、過酷な環境の中それぞれで工夫をして、ここまでいろんなアーティストにエネルギーをくれて、そして今ここにいる君たち自身に大きな拍手を!

→あ~物販の寒さが報われた~~~。どうもありがとう~~~。

 

みんなの声だったり、手だったり、リアクションで、たくさんのエネルギーを貰いました。僕たちだけじゃなく、今日このステージ、このフェスでライブをしてきた全てのアーティストがそうだと思います。みんなにエネルギーを貰ったと思います。こんなに嬉しい事はないんだ。だから今日このステージに立ったアーティストはみんな来年は大吉なんだ。そしてそんなエネルギーをくれた君たちが来年大吉じゃないわけがない!みんな大吉です。来年、新しくおみくじとか引いちゃって、別の結果が出たらそれは自己責任で知らないですけど。そうしなければみんな大吉です!

→あざとい。絶対おみくじ引かないからな。

 

これで僕たちの今年の活動は終わりですが、まだこれからあと3日間ですか?ライブは続くわけですから、風邪引かないようにね。僕は冒頭にね、『冬が寒くて本当に良かった』って歌いましたけど。そんなことはないんだ。そんこと事言ってる場合じゃないからね。僕はその後にこうも歌っています。『君の冷えた左手を、僕の右ポケットにお招きする為のこの上ない理由になるから』と。つまりこれは、大好きな人の隣にいれば冬の寒さでさえもなんかこう理由をつけて良いことになるみたいな惚気た歌なんですね。君たちの中にもね、いや僕もですけど、そうじゃない人にとっては、ただ寒いだけですから。冬の寒さというのは本来しっかり計画して乗り越えて行かなければいけない試練でしかないですからね。汗かいたでしょ?ちゃんと拭いてあったかい格好して寝てください。まだこのフェスはあと3日あるし、みんなもまだまだ2018年を過ごすと思うので。みんなの残りの2018年に少しでも多く笑顔がある事を願います。風邪引かないでね。あったかくしてね。気をつけて帰るんだよ。ありがとう。おやすみ

はぁ・・・(ため息)

 

語彙力がなくなったので、この辺にしときます。最高だったのは十分伝わったでしょ。

BUMP、来年もライブしてくれよな。

 

最後に、藤原のMCを聞いた後にメッセージボードに書いた僕の叫びを。

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ちなみに僕は今日(12/30)もCDJに参加してました。

明日(12/31)も参加します。全体通した記事も気が向けば書こうかな。

 

おしまい。

ゲームは楽しむのが前提だと思います

どうも~、長門です。

 

この週末は全国各地で降雪でしたね。

綺麗な雪景色も楽しめるけど、転倒やスリップ等々、事故や怪我に注意して過ごしてくださいね。

 

本題に入る前に少しだけ、前フリ話。

 

土曜日、僕が36万円を貸しているあんばー氏と一緒にShadowverseのJCG OPENに参加してみました。

総勢256人のトーナメント。参加賞が目当ての記念参戦でした~。とは言いながらも1回戦くらいは突破したいと密かに野心を抱いてました。

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1回戦突破。(SMAPが僕です)

なんとか目標達成。大会のその後についてはどうでもいいので書きませんが、なかなか緊張感があって楽しめました!あと命の尊さとか、一緒に過ごせる時間の大切さとか、当たり前だと思っていたことの当たり前じゃなさとかを学べるいい大会でした。

 

さて、このJCG OPENに一緒に参加したあんばー氏(僕から41万円とBMWを貸りている)と、昨日、遊戯王をしたんです。

 

お互いに久しぶりの遊戯王でプレイングはボロボロ

2人して「ウワァ~ミスッタァ!」って呪文を100回くらい唱えてました。

 

ここら辺から本題なんですけど、この下手くそな遊戯王のゲームが

めちゃくちゃ楽しかったんです。

 

昔少し触れていた分、若干の予備知識はあったにしろ、ミスだらけの下手くそプレイがとても楽しかったんです。

TCGだけじゃなく、スポーツや格闘ゲーム、勝ち負けのあるゲーム全般に対する僕の持論なのですが、そのゲーム(競技)をする動機の原点は勝敗に依存しない楽しさであるべきだと思うんです。

 

例えば、僕は学生時代バスケ部に入っていました。

試合をすれば、勝ちは嬉しかったし、負けは悔しかった

自分のプレイが勝ちに繋がったら射精より気持ちいいし、

自分の調子が悪くて負けた試合なんて最悪です

でも、どれほど悔しくても落ち込んでもバスケはずっと楽しかったです。

いつでも好きだったし、いつでも楽しかったです。

 

僕がバスケを始めたのは試合に勝って嬉しかったからじゃないです。

僕がバスケを続けたのは自分が練習して上達したからじゃないです。

小4の時、授業でやったバスケが楽しかったからです。

その楽しさに心臓を掴まれたから、高校まで競技バスケを続けました。

 

上手くなりたいレギュラーになりたい試合に勝ちたい

もちろん思いました。でも、

上手くなれなくてもレギュラーになれなくても試合で負けても

それでもバスケが好きでした

だって、バスケはいつでも楽しかったんだから

 

遊戯王も同じでした。

多少は頭が働く年齢になって、遊戯王というゲームの奥深さを知りました。

子供の頃はゲームに勝つためのセオリーなんて一切考えてなかったと知りました。

でも、僕が思い出したように遊戯王をやりたくなる根本にあるのは、勝利の快感じゃない

子供の頃、奥深さも知らない、勝利のセオリーも考えない、

よくわからないけど友達とやってゲラゲラ笑っていた遊戯王楽しかったからです。

 

ゲームやスポーツは多くの人にとって趣味・娯楽の類だと思います。

けど、趣味とは言えども、そこには間違いない真剣勝負もあります。

誰だって勝ちたいし、負けたくない。それは間違ってない。

でも勝たなきゃ楽しくないし、負けたらイライラ

それって趣味・娯楽として欠陥を抱えていませんか?

 

勝ったらもちろん嬉しい。負けたらもちろん悔しい

やるからには強くなりたい弱いのは嫌だ。

全部、当然のことだと思うし僕もそうです。

でも勝敗や自身の熟練度に関わらず、そのゲーム(競技)は楽しいものでないと

時間の無駄だと思うんです。

だって、勝つか負けるかの2分の1で楽しくないものを趣味にするくらいなら、

面白い動画でも見てた方が間違いないでしょ?

 

特にネトゲに関しては、友達と顔を合わせて笑いながら対戦するのではなく(それも出来るけど)、世界のどこかにいる知らない誰かと顔も合わせずに勝敗を競うわけだから、この根本の楽しさを忘れて勝利至上主義になってしまう人がたくさんいる気がします。

ネトゲでは対人戦であろうと、相手はNPCのように画面の中にいるわけだから。

 

ここまで偉そうに書いたけど、僕も時々忘れてしまうんだけどね。

あんばー(僕が将来家を買う時に保証人になってくれる人)と一緒に

JCG OPENに参加して、途中で敗退したけど楽しくて

久しぶりに遊戯王をやって、下手くそだけどやっぱ楽しくて

「あぁ、これが原点だな」って再確認できました。

 

今の日本では色々な娯楽が提供されています。

負けたらイライラして毒を吐くような趣味なんて、やめてしまえばいいんです

今の時代、趣味になんていくらでも出会えるんだから。

 

おしまい。

16/17

お久しぶりです。

 

しばらく更新サボってた間に年を跨いでましたね。

びっくりですね~。跨いでたどころじゃないね。もう10日。

10/365ですよ、早いな~。早いといえば、新幹線ってめっちゃ速いですよね。

 

本当はクリスマスにイルミネーション見てからのケーキ食べてからの終電逃しとか、CDJRADWIMPSのライブ中に年を跨いだこととか書きたいんですけど、今から書いてもなんかアレだもんね。でもちょっとだけ書こうか。

 

クリスマスはめちゃくちゃ楽しかったですよ。綺麗なイルミネーションと美味しいホールケーキ。二人してはしゃいでましたね。あとピアスを開けてあげたのが印象に残ってますね。自分も初めてピアス開ける時超怖かったの思い出して懐かしかったです。

 

あとは年越し。15/16に引き続きCDJ16/17に行ってきました。RADWIMPSで年を越すとかいう最高に幸せな年跨ぎでしたね。なんだかんだ「前前前世」を生で聴けたのは嬉しい。BACK HORN、HIATUS、9mm、UVER、RAD、イエモン、カランコロン、あるある君って順番で見た気がする。最高だった。

 

年始はめっちゃ寝ました。とにかく寝ました。家で寝て、実家でも寝ました。軽井沢とか行ってみたけど、帰ってやっぱり寝ましたし、起きて風呂入って寝ました。

 

あとは東京と地元を往復して、新幹線の速さってすごいなーって思いました。めっちゃ速いなぁって。

流石の僕も新幹線に轢かれたら即死するけど、乗用車に轢かれたら即死するなーとか考えたりしてました。

 

2016年、振り返るとCDJ15/16のBUMPの余韻で幕開けて、2月にBUMP、4月にBUMP、5月にBUMP、7月にBUMP、8月にBUMPとかいうすごい年でしたね。大好きなバンドとたくさん過ごせた年、それだけでいい年でした。

そういえば人生で初めての合コンに行ったのも今年です。2次会がダーツだったんですけど、そこでめっちゃモテた記憶があります。ダーツやってて良かったって思いました。

あとなにがあったかな~。あ、元カノが結婚した。すごく幸せそうに結婚の報告をされましたね。未練があったわけじゃないのになぜか100%で「おめでとう」が言えなかったですね。なんだか大人の階段を登った気分になる経験でした。

一緒に笑えた人、どうもありがとう。

傷つけちゃった人、ごめんね。

あんばー、6万円返してください。

まあ色々あったけれど「終わりよければ全て良し」って感じでオールOKな2016年だったと思います。

 

2017年はどんな年にしたいとかはないです。

1年単位の目標とか計画とか立てられるほど先を考えられる人間ではないので1日1日を全力で生きていこうと思います。まずは1月10日、あと6時間しかないな。今日はどんな日にしようかな。いい日にしよう。それを350回くらい毎日やっていこうと思います。きっと新幹線みたいに速い一年。あっという間だろうな~。

今年も一緒にいてくれる人たち、よろしくね。

今年出会う人たち、はやく会いたいよ、楽しみだよ。

あんばー、20万円返してください。 

 

そんな感じで~す。過去最高にユルい。

長門でした~ばいば~い

僕が選ぶBUMPの素敵な歌詞5選

こんにちは。

 

クリスマスまで秒読みになりましたね。

このブログを読んでいるインターネットのオタクのみなさんはクリスマスの予定は決まってますか?決まってる人も決まってない人もどうか素敵な一日を過ごしてくださいね。

 

さて、そんな恋人たちのマストなイベントを前に、みなさん色々な感情をお持ちかと思いますが、そんな感情を揺さぶる僕の大好きなバンドの大好きなフレーズを抜粋して紹介したいと思います。

 

題して

 

僕が選ぶBUMPの素敵な歌詞5選

 

というわけで、僕が大好きなBUMP OF CHICKENの曲から、特に僕が素敵だと思うフレーズを5つくらい紹介したいと思います。では早速いきます。ボーカル藤原が織り成す至極の詞の数々をどうぞご堪能ください。

 

 

 

「イェーイェーイェーイェーイェーィ」

/歩く幽霊(2011.02)

2011年に発売された19thシングル「友達の唄」のカップリング曲。

強い自分に置いて行かれた弱い自分、弱い自分を置いて行った強い自分。その二人の足跡がもう一度重なる唄。というよりも元々一人なんだし最初から重なってるんだぜって感じの唄。このフレーズはサビの終わりに毎回歌われる。この部分を歌うのは気持ちいいのでオススメ

 

 

「アァ~アッ↑」

/ダンデライオン(2002.02)

2002年に発売されたBUMP OF CHICKENのメジャー1枚目、通算3枚目のアルバム「jupiter」の最後に収録されている楽曲。

動物のライオンと、Dandelion(タンポポ)をかけた内容となっている。物語調の曲のため、解釈よりもリスナーが聴いてどう感じるかって曲。紹介したフレーズはBメロのラストに歌われる。やっぱり歌うと気持ちいい

 

 

「ラララーラァー↑ラァ ラーラァー↑ラァラァー」

/You were here(2014.08)

2014年にデジタルリリースされた楽曲。

2014年に行われたツアーWILLPOLIS2014千秋楽の東京ドーム公演で初披露された。ツアーに足を運んだ観客たちに向けた曲。藤原の裏声のオンパレードに、藤原の声に惚れているファンは絶叫。歌詞の内容に、ツアーに足を運んだファンは号泣。僕自身もツアーに何度も通ったので思い入れの深い曲で、歌詞には非常に感動したが、一番壮大なのは間違いなく紹介したこのフレーズ。ラスサビの冒頭部分。聴いてるだけで気持ちいい

 

 

「ランラーララァーラーヘイヘイヘーエェィ」

/supernova(2005.11)

2015年に発売された11thシングル。ちなみに両A面盤で、もうひとつのA面曲は「カルマ」。

 この曲は藤原の伝えたいことを詰め込みすぎてる感があって、解釈を一言で片づけるのが難しい。興味ある人は聴いてみてください。ちなみにこのフレーズ、サビです。サビの冒頭とか、サビの最後とかじゃないです。サビですサビそのものです

藤原曰く

「ラララとか、言葉じゃないじゃないですか。でも、何か表現しているじゃないですか。何らかの感情をね。だから自分でも、悔しいなと思う時ありますね。言葉をはめようとしても『はまんねぇや』みたいな。そしたらそれで良いかなと」

らしいです。作詞を放り投げた結果生まれた名フレーズ。ライブに行くとアンコールでこのフレーズの合唱が始まる。

 

「オーイェーヘーイアハン」

/天体観測(2001.3)

2001年に発売された3rdシングル天体観測

言わずと知れたBUMP最大のヒット曲。曲の解釈なんてするまでもなく、名曲です。このフレーズはサビの最後に歌われる。ちなみにラスサビでは「オイェーネーイアハーンッナッハァーアァーンイェーイェー」と、さらに強くなる。カラオケで歌うとこの部分だけみんなで合唱になることも多い。万人の心に残るBUMP史上最高の名フレーズ。ライブ終盤に演奏されることが多く、みんな感動で涙目になりながらこのフレーズを叫ぶ。よく考えると面白い光景。

 

 

というわけで今回は以上になります。

芸術とまで呼ばれる藤原の詞の魅力が少しでも伝わればと思って書きました。

ぜひ一度聴いて感想なんかもらえると嬉しいです。

BUMPとRADは似てる?問題について

こんにちは。

 

今日は音楽の話題。

BUMPとRADは似てる?問題について書きます。

 

BUMP OF CHICKENRADWIMPS。どちらも僕の大好きなバンドです。

映画君の名は。のヒット以降、「RADとBUMPって似てるよね」「最初BUMPかと思った」なんて言ってくる人たちがたくさんいました。正直「こいつら耳ついてんのかな」なんて思ったりしましたが、自分の好きなバンドに興味をもってくれた人たちにそうも言えず、「あ~」とか返してました。でも実はこのRADとBUMPの比較は僕が中学生くらいのころからずっと繰り返されてきた議論なんですよね。ってことで、僕もたまには考えてみたいなと思ったので、ブログにしてみました。

 

RADWIMPS

2001年に結成された4人組バンド。「いかした」という英語スラングの「RAD」と、「弱虫」という意味の「WIMP」を組み合わせた造語がバンド名。「かっこいい弱虫」とか「いかしたびびり野郎」みたいな意味。

 

BUMP OF CHICKEN

1996年に結成された4人組バンド。「衝突」って意味の「BUMP」と「臆病者」を表すスラングの「CHICKEN」で「臆病者の反撃」みたいな意味。ちなみに4人は幼稚園からの幼馴染。

 

両者の楽曲が似ているかは置いといてバンド名の由来的なところには近いものを感じるよね。ちなみにRADWIMPSのフロントマン野田洋次郎「BUMPは憧れであり、良き友人」と語っています。このBUMPは憧れという言葉は当然といえば当然、RADWIMPSが結成された2001年に、BUMP OF CHICKENがリリースした曲が天体観測RADWIMPSだけじゃない、世の中のバンドマン達が憧れたとしても、影響を受けたとしても何も不思議はないんですね。彼の楽曲に似てる似てない以前に、そんなバックボーンがあることを知ってほしかったです。

 

愛すべき人 いっぱい いっぱい ありがとう な夜 #ふじくん #だーよ #ふじろう #だーの

野田 洋次郎 Yojiro Nodaさん(@yoji_noda)が投稿した写真 -

 そんな憧れの人と同じ業界で活躍して友達になっちゃう野田洋次郎すごい

 

「なんだ!野田はBUMPに憧れてるのか!じゃあ似てるのも納得だね!」

→うるせぇ!話はまだ終わりじゃねぇ!死ね!俺様はシャドバMasterだ!

 

ここから全然別物だよって話に入ります。

バンドサウンドが全然違うことについては、流石に似ている派の人たちも解っていると思うのでわざわざ書きません。あえて言うのであれば演奏の自由度全然違います。BUMPはもう藤原の唄(歌詞)を聴かせるための、藤原の考えたメロディを響かせるための、いたってシンプルな演奏をしています。が、RADはギター、ベース、ドラムスと一つひとつのパートがとても面白い。野田のボーカルを含めて、すべての音が主張してくる演奏をしています。演奏技術の違いについては触れません。

 

じゃあ何が違うのかって?そりゃ歌詞ですよ。

どちらのバンドも臭い詞を書くよ。

「うわぁ」って引いちゃうのがRADWIMPSの歌詞

「ふふっ」と思わず苦笑いしちゃうのがBUMPの歌詞

 

まずはRADの歌詞見てみようか。

僕が例えば他の誰かと結ばれたとして 2人の間に命が宿ったとして

その中にきっと 君の遺伝子もそっと 紛れ込んでいるだろう

me me she/RADWIMPS 

 どうよ。これ。ロマンチックなようでめちゃくちゃ怖いでしょ。なんで、元カノの遺伝子が別の人との子どもに紛れ込むねん。

今から宣戦布告 二人の子供にきっと僕 嫉妬すんだよ

きっとそうだよ あぁ もう想像つく

君と血が繋がっているなんて なんて羨ましいやつだって

大人げなんてこれっぽっちもなく 耐え切れなくなって頬を濡らす

Tummy/RADWIMPS

 おかしいでしょ?狂気の沙汰でしょ?100歩譲って彼女と血が繋がっていることに嫉妬するところまでは許しても、それに耐え切れなくなって頬を濡らすところは大人げないなんてもんじゃないでしょ?なにか?元カノの遺伝子が紛れ込んでる彼女と血の繋がった子供か?恐ろしいわ。

 

でも、こんなめちゃくちゃ怖いこととか、狂気じみたことを、素直に歌詞にできるのがRADWIMPSのかっこよさだと思うんです。そこに野田独特の言葉遊びバンドの演奏力が加わったら無敵。君と羊と青とか本当に気持ちいいもんね。そんなバンドだから僕は好きなんですよね~。前前前世とかも好きだけど、君の名は。の曲たちは正直綺麗すぎるというか外様向けの曲なんだなって思ったりもします。

 

次にBUMPの歌詞見てみようか。

冬が寒くて本当に良かった 君の冷えた左手を 僕の右ポケットに

お招きするための この上ないほどの理由になるから 

スノースマイル/BUMP OF CHICKEN

ただただ臭い。僕は女子じゃないから女心ってあんまりわからないけど、世の中の女子は好きな男性にこれ言われたらどう思うの?正直苦笑いでしょ?

笑うから 鏡のように 涙がこぼれたよ

一度でも 心の奥が 繋がった気がしたよ

冷えた手が 離れた後も まだずっと熱い事

見つけたら 鏡のように 見つけてくれた事

アリア/BUMP OF CHICKEN 

この歌詞なんかはものすごく藤原らしいですね。笑ったら鏡のように涙がこぼれて、それを心が繋がったと表現する辺りとか、冷えた手を熱いと表現する辺りとか。この一見すると何を言いたいのかよくわからない、解釈が必要な言い回し。くどくて臭くて他にはない世界観。でもこれが熱心なBUMPファンに支持されている藤原節です。

 

言葉としてはRADWMPSの方が主観的で人間らしさに溢れてて、BUMPの方が文学的で客観的です。汚い部分もそのまま歌うRAD汚い部分すら綺麗事にしてしまうBUMPですね。

メロディも、バンドサウンドも、詩の世界観も、本人たちの声や歌い方も、ぜんぜんぜん違うわけです。

 

結論を言うと、この二つのバンドは似てません

似てるとか言う奴は耳の穴をかっぽじってよーく聴いてください、それでも似てたらもう耳鼻科に行ってください。なんて嫌味なことを言うつもりはないけれど、どっちも素敵なバンドなので、ぜひ後ろのバンド演奏にも耳を傾けながら、歌詞を見てそれぞれの世界観を味わいながら聴いてみて下さい。きっと似てるなんてもう言えなくなると思います。

 

以上です。

シャドバで運や環境を言い訳にする人たちへ

こんにちは。

 

今日はShadowverseについての記事なのでプレイしていない人にはつまらない内容かもしれないです。

 

僕がShadowverseを始めてから数か月の間に思っていたことを書こうと思います。ちなみに、これはマスターランクに到達してから書こうと決めていたので、満を持して書きますね。

 

今回僕が言いたいことはひとつ。

 

環境批判はやめよーよ

 

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まずはこれ。ダークネス・エボルヴ実装から2週間が経つ10/10~10/16のAA帯での各クラスの使用割合です。圧倒的ビショップ率。新パック実装直前に一部では話題になっていた疾走ビショップが新カードの力を得て一気に環境トップにのぼりつめました。また、エイラ回復ビショップという、環境トップとは言えないまでも非常に強力なデッキの存在も、相手のマリガンを難しくする要因となっていました。(これは今もか)

 

冥府エルフが根強い強さを維持していたり、御旗ロイヤルやフェイスドラゴンの台頭などはあったものの、ビショップが圧倒的で暴力的に猛威を振るう環境は、結局10月いっぱいは続いた気がします。

 

で、この圧倒的なまでのビショップの猛威によって、twitterなどで環境デッキへの批判やこのゲームへの批判をする人たちが増えた印象があります。

 

「PS関係なしで環境デッキを使うだけのゲーム」

「強いカードがひけるかどうかの運ゲー

 

こんな批判が毎日のようにRTでTLに流れてきました。負けの理由を「運」に押し付けられることは、ある意味カードゲームの良い点だと思います。実際、ドローという不確定要素が勝敗に直結する以上否定はできません。正直、僕も「引き悪すぎんだろ」と液晶を叩き割りたくなることもあります。でも、すべての負けの原因を「運」で片づけていたら、このゲームの上達は見込めないと思いますし、そんなことを言っている人がAA帯で勝ち抜くことは難しい気がします。事実、上に書いたような批判をしている人には、A帯でくすぶっている人が多い印象がありました。

 

「環境デッキを使えば勝てるゲーム」という批判については、そもそもこの運要素の存在が否定してくれていますし、その運要素を勝てる方向に操れるかってのは立派なPSだと思います。

 

負けた時に「運」のせいで終わらせず、「腐っていたカードはないか」「なにが引ければ盤面を返せたのか」「プレイ次第では勝てたのか」等を考えることで、また同じ盤面に遭遇した際に適切な対処ができるようになるわけです。この適切な対処を覚えることで、マリガン~3ターン目くらいの序盤の動きに差が出てくるんですね。序盤の差が終盤には大きな差になると思います。 1ゲームだけで見れば、その差を相手がトップで引いたフォルテに一気に返されてしまったりなんてこともありますけど、100ゲーム単位で戦うランクマッチでは、その視点のあるなしが勝ち抜けるか否かの大きな要因になると思います。

 

この視点を持っている方々の試行錯誤のおかげで、現在の環境ではビショップ・エルフ・ロイヤルの使用率には1%の開きもないですし、勝率を見ればフェイスドラゴンやアグロヴァンパイアなどのデッキも環境に十分適応できていると思います。不遇のクラスだと言われていたドラゴンを復権させた人もいれば、ゲームや環境の批判だけで終わる人もいるんですねー。すごく人間性が出るなぁって思います。

 

上の様な批判をするだけの人たちにはあまりカードゲームは向いていないと思いますし、よくわからない不平不満は言う側も目にする側も良い気分ではないので今すぐにシャドバをアンインストールしてオセロとかしてればいいと思います。ちなみに僕はオセロでも負ける気しないですけどね。

 

さてさて、あまり気分の良い話ではないけれど、いつまでもグダグダ言ってる人を見てらんなかったので書きました。もしよかったら、そんな視点でプレイしてみてください。きっとあなたのシャドウバースはもっと楽しくなると思いますよ。

 

今度はもっと楽しい話でもしたいな。

 

では今日はこの辺で。