ブログってなんだよ

ブログって日記書けばいいの?批評?ポエム?

19/20

 

お久しぶりです。長門です。

 

半年に一回くらい更新するこのブログ。おかげで毎回「お久しぶりです」って言ってますね。

 

今回は個人的備忘録。

2019年ざーっと振り返って、2020年の抱負的な。

 

2019年の個人的ニュースまとめ

KINGDOM HEARTSⅢ発売

②人生初のUSJに行った

③人生初の甲子園球場で野球観戦

④カジャラ第4回公演「怪獣たちの宴」に行った

東京03第21回単独公演「人間味風」に行った

RADWIMPS「ANTI ANTI GENERATION TOUR 2019」に行った

BUMP OF CHICKEN 9th Album「Aurora arc」発売

⑧BUMP OF CHIKEN Tour2019「Aurora Ark」に割と行った

⑨おばあちゃんが死んだ

読売ジャイアンツ5年ぶり37回目のリーグ優勝

⑪めっちゃ太った

⑫めっちゃ痩せた

⑬実家が台風19号で被災した

⑭会社で昇進した

⑮秘密

 

色んなことがあったなぁ。ざーっと振り返りますか。

 

KINGDOM HEARTSⅢ発売

たかがゲームの発売をこのニュースに入れるか迷ったけれど、2005年にⅡが発売されてから14年待たされたので、やっぱり割と大ニュース。ゲームの内容にも思うところは色々あったけど、何よりもⅡをプレイしていた当時中学生の長門少年にやっと物語の続きを見せてあげられたという感慨深い気持ちになった。超効率プレイばっかする大人に育ってごめんな、少年。

 

②人生初のUSJに行った

めちゃくちゃ楽しかった。楽しすぎたからもう一生行かなくてもいい。

 

③人生初の甲子園球場で野球観戦

高校野球の聖地にて、巨人-阪神の試合を観てきました。出張で大阪宿泊だったんだけど思いのほか仕事が早く片付いたので急きょ当日券で行きました。風が気持ちいい夏にぴったりの球場でした。試合も巨人が勝ってくれて最高。巨人のユニ着たまま阪神電車で梅田まで帰りましたとさ。また行きたいですね。

 

④カジャラ第4回公演「怪獣たちの宴」に行った

小学生の頃からずっと大好きだったラーメンズの頭脳、小林賢太郎プロデュースのコント集団「カジャラ」。彼らの公演を観るために梅田サンケイホールブリーゼに行きました。ずっと会いたかった小林賢太郎に会えたことが嬉しくてふわふわした気持ちでした。ずっと笑ってた。また行きたいです。

 

東京03第21回単独公演「人間味風」に行った

ラーメンズと同じくずっと好きだった東京03。正確には、前身コンビのアルファルファが好きだったんだけど、こちらもようやく観に行けた。場所は長野ホクト文化ホール。ずっとテレビで観てた人たちに地元で会えるって不思議な感覚でした。こちらもたくさん笑いました。また行きたいです。

 

RADWIMPS「ANTI ANTI GENERATION TOUR 2019」に行った

ツアー初日の6/8(土)、車で東京から関越道⇒信越道で長野へ。長野ビッグハット公演に行きました。新海誠による映画「天気の子」の主題歌「愛にできることはまだあるかい」を宇宙一早く披露してくれました。宇宙一早く披露するって野田洋次郎が言ってました。行けば必ず良いライブを見せてくれるバンド。今回も最高でした。ところで、ライブに向かう車の道中ってなんであんなに楽しいんでしょうね。

 

BUMP OF CHICKEN 9th Album「Aurora arc」発売

前作「Butterflies」から3年ぶりのアルバム。むしろ「Butterflies」から3年経ってるのが信じられない。全曲書きたいことはあるけど、今更レビューすることもないかなと思うから1曲だけお気に入りの曲を紹介。(本当は全曲お気に入りだよ!)

 

 ・・・って思って書いてたんですが、あまりに長くなってしまったんで別記事にしました。興味ある方はこちらをどうぞ↓

ry2.hatenablog.com

 

⑧BUMP OF CHIKEN Tour2019「Aurora Ark」に割と行った

 割と行った。メラドDAY1、DAY2、新木場DAY2、ナゴドDAY1、DAY2、東京ドームDAY2。本当は京セラも2日間分のチケットあったんだけど、急きょいけなくなっちゃった。これも語りだしたら長くなりすぎちゃうな。めっちゃ素敵な思い出になってるよ。必ずまた行くよ。

 

 ⑨おばあちゃんが死んだ

今も大好きだぜ。

ry2.hatenablog.com

 

読売ジャイアンツ5年ぶり37回目のリーグ優勝

5年、本当に長かった。優勝の瞬間、思わず泣いちゃった。2014年に原監督が辞めて、由伸と井端が引退させられて、そこから賭博とか山口の暴行事件とか色々あったんだけどずっと応援してきてよかった。これからもずっと応援する。

 

⑪めっちゃ太った

⑫めっちゃ痩せた

2019年に10kg太って、10kg痩せた。無駄。

 

⑬実家が台風19号で被災した

実は被災してました(実家が)。床上1.5m浸水。思い出の詰まったガラクタたちも全部だめになってしまった。でも被災してなかったらそもそも存在すら忘れてた宝物のガラクタもたくさんあった。おばあちゃんが死ぬ1年位前に勝手に水害保険に入ってたらしくてお金たくさん入ったらしい。ばあちゃんやっぱすげーや。

 

⑭会社で昇進した

たくさんの人のサポートがあって昇進できた。またばあちゃんの話になるけど、昇進試験の日がばあちゃんのお葬式だった。日程ずらして貰えて無事お葬式も出れた。ところで年収が上がるたびに税金と社会保険えぐいなぁってなりますよね。でも、ちゃんと納めましょうね、税金と社会保険

 

⑮秘密

2019年最大の出来事が一つあるんだけど、ここでは内緒。わざわざ備忘録なんか残さなくても一生忘れないでしょう。

 

本当に色々あったなあ。よく生き抜いた自分。やり残しはない。

 

2020年の抱負

「抱負」とか書いておいてなんだけど、2020年はこうしたい!みたいなのは特にないです。毎日を全力で生きていきたいし、毎日その時にしたいことをして、それをあと350日くらいして、2019年みたいにまた振り返れたら最高だなって思います。

ほら、まずは1/14(火)お前全力で生きてる?(自問自答)

 

今年も遊んでくれる人たち、引き続きよろしくな

今年出会う人たち、めっちゃ楽しみです。早く会いたい

今年お別れしちゃう人たち、寂しいけどそれまで仲良くいような

 

そんな感じの2020年、皆さんもどうか無事に年末を迎えられますように!

(あ、そういえば今年から社会人バスケ始めました!)

 

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検索結果

ウェブ検索結果東京03単独公演「人間味風」に行っ

「流れ星の正体」の僕なり解釈

どうも。長門です。

 

2019年の個人的ニュースをさくっと振り返る記事を書いていて、その中でBUMPの「aurora arc」 の中から1曲だけさくっとお気に入りの曲について触れようと思ったらめちゃくちゃ長くなったので、別の記事にしました。

 

2019年の個人的ニュースをさくっと振り返る記事↓

ry2.hatenablog.com

 

オタクは語りだすと長いからあかんよなぁ。

 

ってことで今日は「流れ星の正体」について。

 

「流れ星の正体」が生まれる瞬間

1999年から音楽雑誌「B-PASS」にて連載されていた藤原のコラム「Fujiki」が2017年3月をもって154回目で最終回を迎えました。

 

その最終回がこちら↓

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B-PASS 2017年3月号

左側の文章から以下のことが読み取れます。

①自身のコラム最終回へ寄稿する文章を考えていたら曲ができた

②完成させてリリースする意思(メンバーやスタッフに聴いてもらう)

③完成前に読者に一番最初に伝えたかった

 

藤原がファンと交流する数少ないタイミングである「Fujiki」の最終回をきっかけに生まれた曲ですね。

そしてこの時から明確に僕らに届けようとしてくれている意思も感じます。

 

「流れ星の正体」で歌われていること

この曲について藤原はこう発言しています。

いただいたお便りは全部読んでいて、そのお便りによってコーナーが支えられていたのはもちろん、俺自身もそれを読んで、いっぱいいろんなことを感じていたんですよね。

だから、そういうみなさんからの声が自分にとってどういう意味を持っているか、というのをすごく考えていたんでしょうね。

そしてそれありきで、僕の歌がどう機能してほしいかっていうことを、次に書こうと思ったんでしょうね。それで1番は動機の部分で、2番は僕がしたいことになっていったのかな。

藤原基央/「CUT」2019年7月号

 

その発言の通り、この曲は以下の構成になっています。

1番・・・藤原が歌う動機について

2番・・・藤原が(曲を通して)したいことについて

 

藤原が歌う動機

1番では不安や恐怖を抱えたまま走り続けている様子が歌われています。

いつも迷路 終わらないパレード 止まったら溺れる
ゴールなんてわからないままで いつまで どこまで

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

藤原は2014年のツアー「WILLPOLIS2014」でこんな話をしています。

大好きなこと仕事にしてると楽しいことばかりじゃなくて、勇気を出さなきゃいけない時とかすごく覚悟しなきゃいけない時とかあって、すごいびびってるんですね。音楽にすごい助けられてるし。付いてくのがやっとなんだよね。怖いことばっかなんですね。

藤原基央/WILLPOLIS2014 東京ドーム

 

つまり藤原にとって音楽とは先の見えない恐怖の連続。国内トップクラスのロックバンドのボーカルだろうと。むしろトップクラスのロックバンドになったからこその恐怖もあるのかもしれません。しかしその迷路の中で、藤原が受け取ったものがあります。

時間と距離を飛び越えて 君のその手からここまで来た
紙に書かれた文字の言葉は 音を立てないで響く声
そうやって呼んでくれただろう 見上げればちゃんと聴こえたよ

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

ここでの「君」は素直に「B-PASS」の読者たちで、「紙に書かれた文字」は寄せられたハガキのことでしょう。迷路の中でもその音を立てないで響く声はしっかり届いていた。そして藤原はその後にこう歌う。

僕の上にも届いたように 君の空まで届いてほしい


せめて君に見えるくらいには輝いてほしい
流れ星の正体を僕らは知っている

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

藤原は読者(=リスナー)の存在があるから、怖いことばっかでも「君の空まで輝いて欲しい」と音楽を続けている。これが藤原が歌う動機だ。

 

藤原が(曲を通して)したいこと

正直1番だけでも十分に、うれしい!どうもありがとう!ってなるんだけど、まだまだ彼には言いたいことがあったらしい。

足元をよく見て階段一つずつ どれくらいざわついていても ひとり
肩を擦るように避けながら 世界に何億人いようとも ひとり

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

藤原の歌で一貫しているのがこの孤独認識。たくさん人が集まっても、それはひとりの集合体であって同じ気持ちになったり呼吸を一つにできるわけじゃない。でも、その認識があるからこそ藤原は「大勢のリスナー」という単位で僕らを見ない。あくまでも、ひとりひとりの人間であることを忘れない。

 お前に会いに来たんだよ!

お前らに会いに来たんじゃないんだよ!お前に会いに来たんだ!

藤原基央/Aurora Ark 名古屋ドーム

 

これ叫ばれた時はまじで妊娠するかと思ったしなんならお腹さすった。

そして彼はその「お前(君)」に向けて歌う。

君が未来に零す涙が 地球に吸い込まれて消える前に
ひとりにせずに掬えるように 旅立った唄 間に合うように
命の数と同じ量の一秒 君はどこにいる 聴こえるかい
君の空まで全ての力で 旅立った唄に気付いてほしい

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

ここで藤原が歌に果たしてほしい役割が歌われている。実はここでは藤原(もしくは藤原の歌)が君を救うといったことは一切歌われていない。また、未来に流す涙を拭ってくれるとも歌っていない。未来に流す涙をひとりにせずに掬えるように、旅立った歌に気付いてほしいとだけ歌っている。BUMPが僕たちを救ってくれるという歌詞でも、泣かないでという歌詞でもない。

お前ら今日いっぱい歌ったじゃん、その歌声は未来のお前自身に向かっていくんだと思うよ。未来は何があるかわからないし、つらくてしんどいときが来るかもしれないけど、そういうときに力になれるように。今日の歌声を思い出せなくても、俺たちが歌って思い出す手伝いをするよ。どこにいようと俺たちの音楽はお前のことを絶対に1人にしないから。

藤原基央/Aurora Ark 東京ドーム

 

いつかリスナーの未来につらい出来事が訪れた時、BUMPのCDを聴いてワクワクしていた自分や、BUMPの歌に自分を重ねて泣いた自分、BUMPのライブで夢中で歌った自分を思い出すためのきっかけとしての役割を藤原は曲に求めている。

 

そしてラストのフレーズ

太陽が忘れた路地裏に 心を殺した教室の窓に
逃げ込んだ毛布の内側に 全ての力で輝け 流れ星


お互いに あの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事
飛んでいけ 君の空まで 生まれた全ての力で輝け

流れ星の正体/BUMP OF CHICKEN

 

藤原が歌う動機と曲に求める役割を歌った後、自分の歌に全ての力で輝けと力強く歌う。そして、その輝きは必ず探せると。藤原でも君でもない「お互い」の環境や状況が違ってしまっても、藤原でも君でもない「僕ら」には関係ないと。

 

所感

僕は藤原の底なしの誠実さが好きだ。別にこの曲中で一度もリスナーの背中を押してくれるような歌詞はない。「大丈夫」とか「強くなれる」とか、無責任なことも言わない。つらい時にBUMPがそばにいて励ましてくれるわけでもない。そんなこと言われても大丈夫じゃない時もあるし、BUMPが物理的にそばにいることなんてない。彼らはそんな嘘で慰める歌は歌わない。だからこそ僕はBUMPの歌を信用できる。

僕にはBUMPの曲とBUMPの曲に紐づいた記憶や経験があるだけ。いつか僕が絶望した時、その曲たちが僕を救ってくれることもない。どんな時も絶望から自分を救ってくれるのは自分だ。

グングニル」を口ずさみながら自転車を漕いで高校に通った朝も、「とっておきの唄」を聴いて好きな人のことを考えた放課後も、社会人になりたての頃仕事のミスで落ち込みながら「ダイヤモンド」を聴いた電車も、数えきれないほど夢中で飛んで叫んだ「天体観測」も、そして友達と一緒にこの歌を聴けた「Aurora Ark」も、全部の延長線上にいる僕がこれからも僕自身を救っていく。

 

あぁ、だから僕はBUMP OF CHICKENが大好きなんだ。

 

(追記)

序盤は落ち着いて書いてたのに段々温度感上がってくこの記事オタクみたいで気持ち悪いですね。

 

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おばあちゃんが死んだ

お久しぶりです

 

長門です。

年末のCDJについての記事ぶりのブログ更新です。

 

気づいたら2019年も折り返していた。この半年間、色々なことがあって、それについてはまた改めて書きたいんですけど、今日はタイトルの通り、おばあちゃんの命日になったので、そのことについて書きます。

 

7/19(金) 21:37

家族から連絡がきた。おばあちゃんが今夜死ぬかもしれない、と。

去年の年末に一度おばあちゃんは入院し、万が一を覚悟した方がいいと言われていた。病気ではなくいわゆる老衰だった。呼吸機能が低下していた。結局、その後は回復して退院したけれど、近い将来のおばあちゃんとの死別を覚悟していた。

連絡を貰った時、いよいよその近い将来が来たなと感じた。僕はまだ会社にいたけれど、その時間から地元の長野に帰る方法がなかった。仕方なく一旦家に帰り、朝一の状態を連絡してくれと家族に頼んだ。翌朝にはすっかり回復して、やっぱり大丈夫だから夏休みに帰っておいでと言われることを心の底から願って眠りについた。

 

7/20(土) 5:42

母親からLINEのメッセージが届いた。あと数時間だと看護師に言われた、と。僕は急いで荷物をまとめ新幹線で長野に向かった。道中の新幹線では色々なことを考えた。おばあちゃんとの思い出を振り返りながら、「半年前から覚悟をしてきただろう、取り乱すな」と自分に言い聞かせた。

 

7/20(土) 9:00

病院に到着する。おばあちゃんはまだ息をしていたが意識はなかった。病室には母と父がいた。おばあちゃんの顔を見ると、息を吸い込む度に口をパクパクと開いていた。肺が弱って十分に酸素を吸い込まないため、顎の筋肉を目一杯使って呼吸をしているらしい。老衰患者の終末期の特徴的な症状とのことだった。一見すると、苦しそうに呼吸をしているけれど、本人は非常に安らかな状態らしい。僕はタバコを吸いに行くと言って病院の向かいにあるコンビニに向かった。病室を出た瞬間、理由のわからない涙が溢れてきた。半年前から覚悟をしていたはずなのに。まだ死んだわけでもないのに。

病室に戻ると両親から、万が一の場合に備えて葬儀の準備をしにおばあちゃんの家に行くから病室にいてくれないかと言われた。病室におばあちゃんと2人きりになる。手を取ったり、頭を撫でたり、声をかけたりした。おばあちゃんに最後に触れたのはいつだろうと考えたけど思い出せなかった。握り返してくれる内にもっと手を握っておくべきだった。抱き返してくれる内に全力で抱きしめておくべきだった。酸素マスクをしない内にキスをしておきたかった。そんなことを考えていたら涙はやっぱり溢れてきた。おばあちゃんのことはずっと大好きだったけど、こんな恋人みたいな愛情表現をしておけば良かったと思うほど愛していたんだと気付かされた。後悔よりも、自分のおばあちゃんへの想いが自分の思っていた以上に強いものだったと気付けて嬉しくて、泣きながら笑っておばあちゃんに呼びかけた。

 

7/20(土) 18:00

父親に付き添いを交代してもらい、一旦実家に帰る。お風呂や着替え、夕食などを済ませておく。21時頃からは弟が付き添い、0時からまた僕が付きそう。

 

7/21(日) 23:30

病院に着く。病室のソファーを並べて弟は横になっていた。弟が帰り、僕もソファに横になる。おばあちゃんの呼吸は続いていたけど、昼間より弱くなっているのがわかった。同じ部屋で夜を越すのは何年ぶりだったのかな。小学生の時、親と喧嘩をして泣きながらおばあちゃんの家に飛び込んで隣で寝た時以来かな。あれ小学2年生くらいかな。

 

7/21(日) 3:30

ソファから起きておばあちゃんの横の椅子に座る。手を握っておばあちゃんを見ていた。

 

7/21(日) 4:00

途切れず続いていたおばあちゃんの呼吸のペースが段々と途切れ途切れになる。異変に気付いて立ち上がる。とうとう呼吸が止まった時、看護師が駆けつける。僕は離れてそれを見守る。ご家族を呼んでくださいと告げられた。すぐに母に連絡をして、家族を呼んでもらった。息が止まってからもおばあちゃんの手を握り続けた。なにを考えていたのかは覚えていない。ただ、苦痛に顔を歪めることもなく、暴れることもなく、静かで安らかな最期だと思った。

しばらくしてまず父親が駆けつけた。タバコを吸っておいでと言われて病院の外に出た。

 

7/21(日) 5:12

タバコから戻ると祖父、叔父、両親がいた。そして5時12分、医者におばあちゃんの死亡確認をしてもらった。しばらくして弟が病院に到着する。弟は何も言葉にならないというような顔をしておばあちゃんの横にいた。「手を握ってあげな」と僕は言った。「温度のあるおばあちゃんはこのタイミングが最後だから」と。弟は頷いておばあちゃんの手を握っていた。その後、祖父や叔父とおばあちゃんの思い出話を少ししたが、葬儀の打ち合わせや親戚への連絡など悲しみに暮れる暇もないほどに忙しくなった。

 

7/21(土) 6:30

祖父の家に行き通夜などで人をもてなせるよう準備を始める。こんなにも淡々とした作業が続くのかと少し怖くなった。

 

7/21(土) 7:00

霊柩車でおばあちゃんが運ばれてきた。家の中におばあちゃんを入れるのを手伝った時、元から細いおばあちゃんだったがこんなにも軽いのかと思った。母に聞くと体重は30kgあるかどうかくらいまで痩せていたそうだ。引き続き、部屋の掃除やらを続けていると部屋の隅に家庭用の酸素ボンベがあることに気づいた。その酸素ボンベを手に取って、これを装着して呼吸を続けてきたおばあちゃんの姿を想像した。僕が東京で何気なく過ごしている間も、おばあちゃんは懸命に呼吸を続けていたんだなと思った。

 

7/21(土) 10:00

両親はまだ準備や葬儀の打ち合わせなどをしていたが、夜通し付き添っていたこともあり先に家に帰ることになった。家についてタバコを吸って、すぐに僕は眠りについた。参議院選挙とかワイドナショーの生放送とか賑やかな日だったけど、僕には関係なかった。19:00頃に起きてすぐにこの記事を書いている。

 

僕は自他共に認めるおばあちゃん子だった。そして、おばあちゃんも全力の愛情を持って僕に接してくれたと思う。

僕の実家はおばあちゃんの家の隣にあった。だから僕の日常におばあちゃんはずっといてくれた。

小学生の頃、僕が家に帰ると両親はまだ働いていた。そんな時は必ずおばあちゃんの家に行く。おばあちゃんが作ってくれたおやつを食べるのが日課だった。おばあちゃんの畑で取れたじゃがいものフライドポテト。おばあちゃんの家で飼っていた鶏の卵で作ったニラ玉。その鶏に一緒に餌をあげに行ったりもした。僕が両親と喧嘩をして部屋に引きこもっていると、おばあちゃんが来て僕のことを優しくなぐさめてくれた。そしてお母さんとお父さんの言うこともちゃんと聞かないとだめだよと最後に少しだけ説教をしてくれた。

中学生の時、2年生の部活の新人戦前、おばあちゃんが激励の意味を込めて僕の好きな料理を作ってくれると言った。僕は海老天丼と茶碗蒸しと言った。渋い。その後、部活の大会や受験、何か大事な節目の前に必ず海老天丼と茶碗蒸しを食べることになる。ちなみに僕は中学生の時、部活でレギュラーじゃなかった。そんな下手じゃなかったと思うけど、そこそこ強いチームだったからって言い訳をしたい。でもいわゆるシックスマン的なポジションなのに毎回好物で激励されるのはなんとなく申し訳なさもあった。

高校生になると、朝起きるのが苦手な僕は毎日のように寝坊をしていた。それでも毎日おばあちゃんが車で学校まで送ってくれていた。3年間で200日くらい遅刻したけれど、欠席は2回だけ。間違いなくおばあちゃんがいなきゃ出席足りてなかった。毎日、学校に着いたタイミングでジュース代って500円くれたんだ。ありがとね。

上京してからは、年に4〜5回くらいの帰省のタイミングで1〜2時間くらい会いに行くだけだった。今は実家が引っ越しておばあちゃんの家は歩いて行けなくなって。でも帰省したら必ず会いに行った。僕の健康のこととか仕事のこととか結婚のこととかそう言う話をたくさん尋ねられた。結婚相手はそのうち挨拶に連れてくるよって約束、守れなくてごめんね。毎回、帰り際に寂しそうな顔で次はいつ来るんだって聞かれた。でも、次はGWだよとか、夏休みだよとか、そうやって答える度に嬉しそうに笑って「気をつけるんだよ」って見送ってくれた。今回は初めてその言葉のない帰京になる。

 

85歳、立派だと思う。乳癌にもなった。乳房摘出をした時、男になっちゃったなんて笑っていた。足腰も悪くなって、転んでしまうことも増えて急にアザだらけになった時も笑っていたけど僕は泣いて心配したよ。僕には見せない苦痛もきっとたくさんあったんだと思う。でも、そんなおばあちゃんが病気でもなく、事故でもなく老衰で逝った。多分、最期の瞬間に僕が手を握っていたことも、呼びかけた声も届いていなかったかもしれない。でも事実として、おばあちゃんのことを心の底から愛していた孫に看取られて逝った。親戚のみんなが良かったねって言ってくれる最期だった。うん、誰が聞いたって幸せで立派な最期だよ。

 

帰省した時、おばあちゃんに言われた言葉がある。

「私の人生は決して順風満帆と言えるものではなかったけど、自分の娘が家庭を持って、あなたが生まれて、そのあなたが今生きていることが、私の生きた証であり誇りなんだよ」

 

おばあちゃんは死んだけれど、僕がこれから過ごす時間は全部おばあちゃんと過ごした時間の延長線上にある。だから、これからの生活におばあちゃんがいなくても、おばあちゃんは消えないと思ってる。

 

僕はおばあちゃんの生きた証として明日からも生きていこう。

 

おしまい

【CDJ1819】BUMP OF CHICKENがやっぱり最高だった話

オヒサシブリデス。

約2年ぶりの更新です。

ここまで更新しないとさすがに自分でも存在を忘れてしまったり、思い出してもわざわざブログを更新しようなんて思うことはなかったのですが、今回、長い期間眠らせていたブログをわざわざ引っ張り出しブログを書こうと思わされたのは某バンドのせいなのです。

某バンドとか書きましたけどタイトルで思いっきり言っちゃってるんで隠す意味ないですね。そう、BUMP OF CHICKENです。

昨日、COUNTDOWN JAPAN 1819に参加し彼らの約9か月ぶりのライブを目撃してきたので、そのライブレポ的なやつです。

 

【物販】

BUMP OF CHICKENの物販といえば毎回地獄なわけですが今回もやっぱり凄かった。

CDJのアーティストグッズの物販と言えば大体、こんな感じで0.5~2張くらいのテントがアーティストに割り振られています。

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さて今回はBUMP OF CHICKENさんはというと…

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赤線を引いた部分がすべてBUMPに用意されたテント。その数なんと

 テント 16張(内2張は待機列を外に延長するためのもの)

しかもこれだけの体制をとっても人口密度がえげつない。

 

余談ですが、僕はBUMP OF CHICKENが大好きで、さらに彼らを好きな人たちのことが大好きです。街中でBUMPのグッズ身に着けてる人見ると嬉しくて声かけたくなるし、電車で隣の人のスマホにBUMPの楽曲を再生中の画面が映っているとやっぱり嬉しくて声をかけたくなります。

だがしかし、チケット争奪戦の時と物販に向かう時は別。普段、仲良くなりたいと思うBUMPファンも自分と同じ熱量で彼らを求める最強のライバルへと変貌します。

さて今回の物販、自分はいわゆる始発組だったため開場前の時間は屋内で座って待たせてもらえたし、目当てのグッズも全て購入できたのでそこまでつらくなかったです。1人で並んだのでトイレで抜けたりとかできないのがつらかった!

開場まで寒い中ずっと屋外で並んでいた人たちもいて、本当にお疲れさまでした。どうか目当てのグッズが購入できていますように。

 

【ライブ】

~セットリスト~

01.スノースマイル

02.望遠のマーチ

03.記念撮影

04.話がしたいよ

05.ギルド

06.虹を待つ人

07.天体観測

08.ray

En01.メーデー

En02.ガラスのブルース

 

 はぁ・・・(ため息)

もう何も語る必要はないというか、BUMP OF CHICKENが好きな人なら、僕と同じようにため息ついて「あぁ~最高」「はぁ~やばい」くらいの語彙力になってしまうと思うけど、一応さらっと書くね。

 

01.スノースマイル

→開幕でスノースマイルは予想できなかった。あ~これやばいライブになるなと確信。冬が寒くて本当に良かった。この曲については最後にも書く。

 

02.望遠のマーチ

→「いこうよ」を藤原と観客が一緒に歌うのがめちゃくちゃ好きな時間だった。もともと好きな曲だったけれどライブで輝きます。

 

03.記念撮影

→TOUR 2017-2018 PATHFINDERを思い出した。めっちゃいいツアーだったなぁ。戻りたいけど戻れないよなぁ。でも、あの時からここまで繋がってるんだよなぁ。今回のライブもあっという間に終わってしまったけど、想像じゃない未来でまたBUMP会いに行けますように。みたいなことを考えてました。

 

04.話がしたいよ

→今年下半期絶賛売り出し中の楽曲なので演奏されるだろうと予想はしてたけど、ライブで聴くと鳥肌もんですね。この会場に来れなかった友達のこととか、一緒に昔はBUMPのライブに行っていた友達とか恋人のことを思い出したりした。

 

05.ギルド

→この曲は個人的には伝説級の曲だと思っているんですけど、このセトリの中では楽曲の持つメッセージ以上に、あの頃のBUMPが好きだった人たちもちゃんと楽しませようとしてくれた選曲という印象でした。あの頃のBUMPも大好きな僕は大歓喜

 

06.虹を待つ人

→曲が始まった瞬間の印象としては、「流れ変わったな?」「あ~こっから来るな?」でした。精一杯叫んだ。

 

07.天体観測

08.ray

→この流れやばくないですか?虹を待つ人で感じた予感を王道で的中させられた。個人的に新旧のBUMP看板曲が並ぶこのセトリは大好物です。

 

En01.メーデー

→こちらも割と定番曲と思いきや、ROCK IN JAPAN 2015ぶりのお披露目。何回もライブで聴いてるはずなのにイントロが鳴るとわくわくが止まらない。

 

En02.ガラスのブルース

→時間が余ったとのことで、急遽演奏されることになった楽曲。ちょっとずるいなって思った。本当はダブルアンコールしたいくらいだったけど、この曲で2018年のBUMPを締めくくれるなんて最高すぎるますもん。もう何も言えないですもん。

 

【最後の藤原MC】

 記憶を頼りに書くんで細かいところ違うかもです。

 

臭いこと言っていいですか?まず、このステージで僕たちの前にライブをした全てのアーティストに大きな拍手を!そして、このフェスを開催するために動いてくれている、この後3日間もこのフェスを作ってくれるスタッフに大きな拍手を!そして、朝来た人も、昼からの人も、夜からの人も、色々いると思うけど、過酷な環境の中それぞれで工夫をして、ここまでいろんなアーティストにエネルギーをくれて、そして今ここにいる君たち自身に大きな拍手を!

→あ~物販の寒さが報われた~~~。どうもありがとう~~~。

 

みんなの声だったり、手だったり、リアクションで、たくさんのエネルギーを貰いました。僕たちだけじゃなく、今日このステージ、このフェスでライブをしてきた全てのアーティストがそうだと思います。みんなにエネルギーを貰ったと思います。こんなに嬉しい事はないんだ。だから今日このステージに立ったアーティストはみんな来年は大吉なんだ。そしてそんなエネルギーをくれた君たちが来年大吉じゃないわけがない!みんな大吉です。来年、新しくおみくじとか引いちゃって、別の結果が出たらそれは自己責任で知らないですけど。そうしなければみんな大吉です!

→あざとい。絶対おみくじ引かないからな。

 

これで僕たちの今年の活動は終わりですが、まだこれからあと3日間ですか?ライブは続くわけですから、風邪引かないようにね。僕は冒頭にね、『冬が寒くて本当に良かった』って歌いましたけど。そんなことはないんだ。そんこと事言ってる場合じゃないからね。僕はその後にこうも歌っています。『君の冷えた左手を、僕の右ポケットにお招きする為のこの上ない理由になるから』と。つまりこれは、大好きな人の隣にいれば冬の寒さでさえもなんかこう理由をつけて良いことになるみたいな惚気た歌なんですね。君たちの中にもね、いや僕もですけど、そうじゃない人にとっては、ただ寒いだけですから。冬の寒さというのは本来しっかり計画して乗り越えて行かなければいけない試練でしかないですからね。汗かいたでしょ?ちゃんと拭いてあったかい格好して寝てください。まだこのフェスはあと3日あるし、みんなもまだまだ2018年を過ごすと思うので。みんなの残りの2018年に少しでも多く笑顔がある事を願います。風邪引かないでね。あったかくしてね。気をつけて帰るんだよ。ありがとう。おやすみ

はぁ・・・(ため息)

 

語彙力がなくなったので、この辺にしときます。最高だったのは十分伝わったでしょ。

BUMP、来年もライブしてくれよな。

 

最後に、藤原のMCを聞いた後にメッセージボードに書いた僕の叫びを。

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ちなみに僕は今日(12/30)もCDJに参加してました。

明日(12/31)も参加します。全体通した記事も気が向けば書こうかな。

 

おしまい。

10年

お久しぶりです。

長門です。

 

2/22、誕生日でした。

 

たくさんおめでとうを言ってもらえました。

嬉しかったです。ありがとう。

 

毎年言ってる気がすると思うけど、やっぱり今年も言っておきます。

僕は決して生まれてくれてありがとうなんて言われるような人間じゃないです。

でも、生まれてきて良かったと心の底から思ってます。そういう人生を歩めてます。

 

25歳。ふと中学卒業から10年になるんだなって思って、中学時代の誕生日のブログを開いてみたんですよね。そしたら、本当に偶然なんだけど10年後の自分に向けて記事を書いてたんですよ。本当に偶然。いや、本当だからね。たまたま25歳で10年前を思い出したら、10年前は10年後を考えてたってだけだからね。そういう時期じゃん、中3って、「10年後の私へ」みたいな。だから、まじで偶然だって。殺すぞ。

 

一部だけ、10年前の記事を引用。

 

大切な友達はまだ周りにいるかな。

それとも会えないまま疎遠になったりしてるのかな。

まだ〇〇のことを好きでいるのかな。

それとも僕も知らない誰かを好きになっているのかな。

 

10年後の自分が辛くても幸せでも、時々でいいから今のこの時間を思い出して欲しいな。

そこには大好きな恋人やクラスメイト、部活の仲間、家族、他にもたくさんの人に支えられてる自分がいます。

今のうちにこの最高の毎日をこれでもかってほど脳みそに刻み込んでおくから、10年後の僕はそれを思い出してくれればいいな。

どうか10年後の君が元気でいるように、これから頑張るよ。

 

一応、自分に宛てられたから答えておく。

お察しの通り、会えないまま疎遠の奴の方が多いぞ。でも、会えなくても友達って価値観を手に入れてるから問題ないぞ。あと、もう〇〇のことは好きじゃないぞ。というより高校入ってすぐにお前ら別れるからな。あと2ヵ月くらいで別れるぞ。残念でした。でも今でも半年に一度くらいLINEをするぞ。そして10年後の君には新しい恋人が出来たてホヤホヤだぞ。毎日浮かれてて気持ち悪いらしいから安心しろ。

10年前のことはちゃんと覚えてるぞ。脳みそに刻んで残ってるぞ。ありがとな。ほぼ思い出せないけど、めちゃくちゃ楽しかったことは覚えてるぞ。10年後の僕の心配はせずに、思う存分泣いたり笑ったりして無事にここまで辿り着くんだぞ。君のここから先10年が楽しいことは僕が保証する。

 

うわー、懲りずにめっちゃ臭いことしちまったなあ。でもいいか。

 

10年後の僕も元気でいてくれよ。元気じゃなくてもいいんだけど、まあ健康的な意味では元気でいろよ。今の恋人や友達を離すなよ。そろそろ敵を作らない立ち回りを覚えていてくれな。今の僕には無理そうだ。じゃあ10年後に答え合わせしような。

 

臭いことはなるべく書かないようにって心がけていたんですけど、めちゃくちゃ臭い黒歴史をまた生んでしまいましたね。

 

もう治らねーなこれは。

 

 

 

追記

ちゃんみおとあんばーがネクタイとワイシャツを買ってくれて、着た時に自撮りをアップする約束だったんですけど、夕方までアップしないでいたらあんばーが「使わないなら返してください」って言ってきたのが25歳の初笑いでした。

あんばーはなんてひどい奴なんだと思いました!

 

わざわざ誕生日に変なLINE送ってきた女をブロックしました。って話をあんばーにしたら爆笑してました。

あんばーはなんてひどい奴なんだと思いました!

ゲームは楽しむのが前提だと思います

どうも~、長門です。

 

この週末は全国各地で降雪でしたね。

綺麗な雪景色も楽しめるけど、転倒やスリップ等々、事故や怪我に注意して過ごしてくださいね。

 

本題に入る前に少しだけ、前フリ話。

 

土曜日、僕が36万円を貸しているあんばー氏と一緒にShadowverseのJCG OPENに参加してみました。

総勢256人のトーナメント。参加賞が目当ての記念参戦でした~。とは言いながらも1回戦くらいは突破したいと密かに野心を抱いてました。

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1回戦突破。(SMAPが僕です)

なんとか目標達成。大会のその後についてはどうでもいいので書きませんが、なかなか緊張感があって楽しめました!あと命の尊さとか、一緒に過ごせる時間の大切さとか、当たり前だと思っていたことの当たり前じゃなさとかを学べるいい大会でした。

 

さて、このJCG OPENに一緒に参加したあんばー氏(僕から41万円とBMWを貸りている)と、昨日、遊戯王をしたんです。

 

お互いに久しぶりの遊戯王でプレイングはボロボロ。

2人して「ウワァ~ミスッタァ!」って呪文を100回くらい唱えてました。

 

ここら辺から本題なんですけど、この下手くそな遊戯王のゲームが

めちゃくちゃ楽しかったんです。

 

昔少し触れていた分、若干の予備知識はあったにしろ、ミスだらけの下手くそプレイがとても楽しかったんです。

TCGだけじゃなく、スポーツや格闘ゲーム、勝ち負けのあるゲーム全般に対する僕の持論なのですが、そのゲーム(競技)をする動機の原点は勝敗に依存しない楽しさであるべきだと思うんです。

 

例えば、僕は学生時代バスケ部に入っていました。

試合をすれば、勝ちは嬉しかったし、負けは悔しかった。

自分のプレイが勝ちに繋がったら射精より気持ちいいし、

自分の調子が悪くて負けた試合なんて最悪です。

でも、どれほど悔しくても、落ち込んでもバスケはずっと楽しかったです。

いつでも好きだったし、いつでも楽しかったです。

 

僕がバスケを始めたのは試合に勝って嬉しかったからじゃないです。

僕がバスケを続けたのは自分が練習して上達したからじゃないです。

小4の時、授業でやったバスケが楽しかったからです。

その楽しさに心臓を掴まれたから、高校まで競技バスケを続けました。

 

上手くなりたい、レギュラーになりたい、試合に勝ちたい。

もちろん思いました。でも、

上手くなれなくても、レギュラーになれなくても、試合で負けても、

それでもバスケが好きでした。

だって、バスケはいつでも楽しかったんだから。

 

遊戯王も同じでした。

多少は頭が働く年齢になって、遊戯王というゲームの奥深さを知りました。

子供の頃はゲームに勝つためのセオリーなんて一切考えてなかったと知りました。

でも、僕が思い出したように遊戯王をやりたくなる根本にあるのは、勝利の快感じゃない。

子供の頃、奥深さも知らない、勝利のセオリーも考えない、

よくわからないけど友達とやってゲラゲラ笑っていた遊戯王が楽しかったからです。

 

ゲームやスポーツは多くの人にとって趣味・娯楽の類だと思います。

けど、趣味とは言えども、そこには間違いない真剣勝負もあります。

誰だって勝ちたいし、負けたくない。それは間違ってない。

でも勝たなきゃ楽しくないし、負けたらイライラ。

それって趣味・娯楽として欠陥を抱えていませんか?

 

勝ったらもちろん嬉しい。負けたらもちろん悔しい。

やるからには強くなりたい。弱いのは嫌だ。

全部、当然のことだと思うし僕もそうです。

でも勝敗や自身の熟練度に関わらず、そのゲーム(競技)は楽しいものでないと

時間の無駄だと思うんです。

だって、勝つか負けるかの2分の1で楽しくないものを趣味にするくらいなら、

面白い動画でも見てた方が間違いないでしょ?

 

特にネトゲに関しては、友達と顔を合わせて笑いながら対戦するのではなく(それも出来るけど)、世界のどこかにいる知らない誰かと顔も合わせずに勝敗を競うわけだから、この根本の楽しさを忘れて勝利至上主義になってしまう人がたくさんいる気がします。

ネトゲでは対人戦であろうと、相手はNPCのように画面の中にいるわけだから。

 

ここまで偉そうに書いたけど、僕も時々忘れてしまうんだけどね。

あんばー(僕が将来家を買う時に保証人になってくれる人)と一緒に

JCG OPENに参加して、途中で敗退したけど楽しくて、

久しぶりに遊戯王をやって、下手くそだけどやっぱ楽しくて、

「あぁ、これが原点だな」って再確認できました。

 

今の日本では色々な娯楽が提供されています。

負けたらイライラして毒を吐くような趣味なんて、やめてしまえばいいんです。

今の時代、趣味になんていくらでも出会えるんだから。

 

おしまい。

16/17

お久しぶりです。

 

しばらく更新サボってた間に年を跨いでましたね。

びっくりですね~。跨いでたどころじゃないね。もう10日。

10/365ですよ、早いな~。早いといえば、新幹線ってめっちゃ速いですよね。

 

本当はクリスマスにイルミネーション見てからのケーキ食べてからの終電逃しとか、CDJRADWIMPSのライブ中に年を跨いだこととか書きたいんですけど、今から書いてもなんかアレだもんね。でもちょっとだけ書こうか。

 

クリスマスはめちゃくちゃ楽しかったですよ。綺麗なイルミネーションと美味しいホールケーキ。二人してはしゃいでましたね。あとピアスを開けてあげたのが印象に残ってますね。自分も初めてピアス開ける時超怖かったの思い出して懐かしかったです。

 

あとは年越し。15/16に引き続きCDJ16/17に行ってきました。RADWIMPSで年を越すとかいう最高に幸せな年跨ぎでしたね。なんだかんだ「前前前世」を生で聴けたのは嬉しい。BACK HORN、HIATUS、9mm、UVER、RAD、イエモン、カランコロン、あるある君って順番で見た気がする。最高だった。

 

年始はめっちゃ寝ました。とにかく寝ました。家で寝て、実家でも寝ました。軽井沢とか行ってみたけど、帰ってやっぱり寝ましたし、起きて風呂入って寝ました。

 

あとは東京と地元を往復して、新幹線の速さってすごいなーって思いました。めっちゃ速いなぁって。

流石の僕も新幹線に轢かれたら即死するけど、乗用車に轢かれたら即死するなーとか考えたりしてました。

 

2016年、振り返るとCDJ15/16のBUMPの余韻で幕開けて、2月にBUMP、4月にBUMP、5月にBUMP、7月にBUMP、8月にBUMPとかいうすごい年でしたね。大好きなバンドとたくさん過ごせた年、それだけでいい年でした。

そういえば人生で初めての合コンに行ったのも今年です。2次会がダーツだったんですけど、そこでめっちゃモテた記憶があります。ダーツやってて良かったって思いました。

あとなにがあったかな~。あ、元カノが結婚した。すごく幸せそうに結婚の報告をされましたね。未練があったわけじゃないのになぜか100%で「おめでとう」が言えなかったですね。なんだか大人の階段を登った気分になる経験でした。

一緒に笑えた人、どうもありがとう。

傷つけちゃった人、ごめんね。

あんばー、6万円返してください。

まあ色々あったけれど「終わりよければ全て良し」って感じでオールOKな2016年だったと思います。

 

2017年はどんな年にしたいとかはないです。

1年単位の目標とか計画とか立てられるほど先を考えられる人間ではないので1日1日を全力で生きていこうと思います。まずは1月10日、あと6時間しかないな。今日はどんな日にしようかな。いい日にしよう。それを350回くらい毎日やっていこうと思います。きっと新幹線みたいに速い一年。あっという間だろうな~。

今年も一緒にいてくれる人たち、よろしくね。

今年出会う人たち、はやく会いたいよ、楽しみだよ。

あんばー、20万円返してください。 

 

そんな感じで~す。過去最高にユルい。

長門でした~ばいば~い